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2010年1月

2010年1月31日 (日)

学校と家庭

わが子に暴行を加え死に至らしめた両親の記事を読んで、鬼のような母親につき「鬼母子神(?)」と言う見出しで日記を
UPしたところ、Yさんからコメントがあり、まだお子さんの小さかった30年も昔・小学校担任教師の言動に異常を感じた内容が記載されていた。それを目にした私は学校と家庭の連携の重要さを思い浮かべて、自分が幼少だった7/80年も昔の小学生のころのことが突然甦ってきたのだった。

私の父親は村長の家庭に生まれながら幼少にして村長である父の病死にあい、家督相続の騒ぎにより満足な教育も受けずに苦労時代を重ねてきたので、わたしども5人兄弟には出来る限りの教育をうけさせてくれたのである。当時も小学校は義務教育なので一般小学校は月謝なしの無料だったが、私共兄弟は入学試験も月謝もある県立男子師範学校の付属小学校に通わせてもらっていた。男子40名・女子40名の精鋭(?)子息たちに課せられる月謝は毎月1円で兄弟で通学する場合はしたの子は半額だったと記憶している。オーソドックな教育課程を経て中学・女子中学ともに優秀な学校に多くの子女の入学を果たしていた。

この小学校に「学校と家庭」と言う季刊誌があったことを不意に思いだしたのである。当時はまだPTA等と言う洒落た呼称もなく父兄会と呼ばれる父母と担任教師の意見交換の場があった時代であるが、教育指針・行事・教師のプロフィール等と並んで各自の作文とか図画とかが掲載されていて、父兄側からの要望なども掲載されていたと記憶している。長短相補って教育と躾けとが両立して効果をあげていたのではないだろうか。

現在小さな子供達との交流の機会も無いので、小学校とPTAのつながりがどうなっているのかなどは不明だが、仄聞するところではモンスターペアレンツetcがあって必ずしも好関係には無いところが多いと聞いている。学校と家庭の好関係があって初めて子供達は素直に育ってゆくものと思うが、鬼のような母親でも学校と好関係にあればわが子を他の子供並みに育って欲しいとの願望が生じてきて、間違ってもわが子を虐待するような仕儀には至らないのではないかと思うのである。

わが子を虐待死に至らしめるような常識外れの親たちの、またその親の時代の教育が自由を履き違えたばかりに今日の鬼のような非常識人が生まれてきてしまったのではないだろうか。PTAのお世話役や学校の教師たちも皆多忙の為にきめ細かな連携を保つことは難しいとは思うが、学校と家庭の好関係をたもつための方策を捜して貰いたいものである。

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2010年1月29日 (金)

 鬼母子神(?)

世に鬼子母神と言う言葉のあることは承知しているが、現代はこんな言葉は通用しなくなっているのだろうか。わが子や他人の子供さえも殺めて動じない鬼のような母親が続出するのには驚くばかりである。この程都内・江戸川区で発生した小学一年生・岡本海渡君を両親(父親は継父)が同君を暴行の上虐待死に至らしめた記事を見て思わず目頭の熱くなる思いをしたものである。

これまでに虐待のサインが度々あったにも拘らず、学校はじめ児童相談所も周囲の者たちも「対応は不要」としか認定しなかったのはどうしてだろうか。虐待されながら両親への気遣いさえみせて、両親をかばってきた海渡君の心根を思いやると涙を禁じえないのである。同区内には「子ども家庭支援センター」も「墨田児童相談所」もありながら、日常どのような活動をしているのだろう。鬼のような両親に比べて成績もよく心根も優しい優秀な子だった海渡君の冥福を祈るやせつなるものを覚えるのである。

ところがである。同じ新聞をめくるとこちらは母親が自分の幼い娘の裸を売ったという、信じられない様な記事が目についたのである。携帯電話のサイトを介して「子供の写真の方が高く売れる」と言う誘いに乗じて、年端も行かぬわが子の裸体の写真を送信して多額の金銭を稼いでいたのだそうである。こんな写真を買い求める男性がいることにも驚いているのである。

わが子を殺すのも、わが子の裸の写真をばら撒いて稼ぐのも全て自分の子供だから親の自由であると勘違いしての結果であるが、全てその親たちの年代からの教育の歪がなせる業なのであろう。団塊の世代の親たちから始まった教育が自由を履き違えて、人間として最低の範囲内にある常識を身につけられずに、大人になってしまったのだろう。成人になれぬまま大人になった人物のなれの果ての悲しさでは無いだろうか。
「鬼母子神」鬼のような親たちに警鐘を馴らし続ける必要を感じるものである

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2010年1月27日 (水)

救急車

これまでにも度々テレビや新聞報道などで、吾々一般庶民の非常識極まりない救急車出動要請についての問題提起が論ぜられているが、見聞きするたびに呆れるやら怒りがこみ上げてくるやら放置できない重大問題と考えている。

私もこれまでに2度救急車のご厄介になったことがあり、申し訳ないやら有難いやら今でも感謝の気持ちがわきかえってくるのである。最初にお世話になったのは昭和30年代初めの頃、大阪勤務時代河豚料理の中毒に巻き込まれす早い救急車のお世話になったために一命を取りとめたのである。

2回目は昭和50年代初期の頃、現在の家で庭師が行った庭の梅の古木の剪定が気に入らず、後刻脚立に登り気になる枝の剪定をやり直している時、足を踏み外し落下して敷きつめてあった踏み石の角に頭部を直撃、あまりの出血に驚き救急車で病院に運ばれた時のことである。

斯様な危急の際にこそ救急車の緊急出動が要請されるのであり、ゴキブリ退治に出動要請をするなどは誠に非常識きわまりない話であり、出来ることなら根本的には斯かる非常識人間を再教育する必要があるのだが、とりあえずは救急車出動を有料制に改定してはどうだろうか。要請内容をランク付けして軽度の内容ほど割高の費用にするのである。懲らしめの制度なしには漫画チックな発想しか出来ない日本人にはうつ手は無いのではないだろうか。

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2010年1月18日 (月)

金81円也

清々しい緑の高原などに行くと、人はだれでも思わず深々と深呼吸をするであろう。深呼吸により肺の中一杯緑の空気を吸い込んで気分一新生気がみなぎったような気分になるであろう。
ところが素人の思い違いらしいのである。毎月送られてくる”健康と医療”と言う小冊子に載っているM博士の論評によって目をさまさせられたのである。

肺臓はフォームラバーのようなフワフワした臓器だそうで、その中には木の枝のような気管支があり、その先には肺胞と言う微小な袋が無数についているのだそうである。肺の主たる機能はフィルターでありフィルターでキレイにした空気からキレイな酸素をとりいれているのだそうである。吾々素人は肺臓で呼吸しているように錯覚を起こしているのだそうで、呼吸のメカニズムは肺臓そのものが呼吸するのではなく肺臓の下部にある横隔膜が上下する事で呼吸が成立しているのだそうである。したがって深呼吸で大きく胸郭を広げるのは、たくさんの空気を吸い込むためではなく、あくまでも横隔膜上下動を援けるためなのだそうである。

肺自体には運動神経も知覚神経もきていないので切られても突かれても痛みは感じないが、肺自身では呼吸出来ないのだそうである。肺胞にまで伸びてきている自律神経によって活動しているのだそうである。肺臓は老化によって硬くなってしまうのだそうで、硬化防止の最善策は精一杯吸ったり吐いたりの深呼吸によって肺の弾力性を取り戻すことだそうである。深呼吸により体中に張り巡らされている毛細血管が拡張すれば血圧は降下する道理であり、吾々が血圧検査の際深呼吸すれば血圧が低くなることも証左なのであろう。

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深呼吸

清々しい緑の高原などに行くと、人はだれでも思わず深々と深呼吸をするであろう。深呼吸により肺の中一杯緑の空気を吸い込んで気分一新生気がみなぎったような気分になるであろう。
ところが素人の思い違いらしいのである。毎月送られてくる”健康と医療”と言う小冊子に載っているM博士の論評によって目をさまさせられたのである。

肺臓はフォームラバーのようなフワフワした臓器だそうで、その中には木の枝のような気管支があり、その先には肺胞と言う微小な袋が無数についているのだそうである。肺の主たる機能はフィルターでありフィルターでキレイにした空気からキレイな酸素をとりいれているのだそうである。吾々素人は肺臓で呼吸しているように錯覚を起こしているのだそうで、呼吸のメカニズムは肺臓そのものが呼吸するのではなく肺臓の下部にある横隔膜が上下する事で呼吸が成立しているのだそうである。したがって深呼吸で大きく胸郭を広げるのは、たくさんの空気を吸い込むためではなく、あくまでも横隔膜上下動を援けるためなのだそうである。

肺自体には運動神経も知覚神経もきていないので切られても突かれても痛みは感じないが、肺自身では呼吸出来ないのだそうである。肺胞にまで伸びてきている自律神経によって活動しているのだそうである。肺臓は老化によって硬くなってしまうのだそうで、硬化防止の最善策は精一杯吸ったり吐いたりの深呼吸によって肺の弾力性を取り戻すことだそうである。深呼吸により体中に張り巡らされている毛細血管が拡張すれば血圧は降下する道理であり、吾々が血圧検査の際深呼吸すれば血圧が低くなることも証左なのであろう。

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2010年1月16日 (土)

ボイストレーニング

昨春の終わりごろから声がかすれて気分のスッキリしない日が続いた。電話で知人から如何したのかなどと不審の声を掛けられたりもした。ガンになったか等と気がかりだったので咽喉科のDrの診察を受けたところ、声帯に異常があり閉まりにくくなっているだけで一種の加齢現象である・とのことだった。

3/4年前から脊椎間狭窄症による腰痛が進行し最近では杖にたすけられても遠出は無理な状態に悩まされていて、この結果対人会話の機会は殆んどなくなってしまっているが、話をしないことも声帯異常の原因らしいのである。Drの紹会によりボイストレーニングを受けて居るが、おかげさまで最近はかなり以前の発声に戻りつつあるようでホッとしている状況である。
カラオケにでも行って歌を唄ってみたらなどと勧められるが、その場所まで歩行する事が困難なので無理であろう。

人間の身体は実に上手い具合にできていることに今更ながら驚いているが、全身を動かして筋肉の衰えを予防する事が第一に必要なのである。すべての動作の要は腰であることにも実感させられ、老いらくの体調変化の中には発声までも関連していることも知ったのである。これに所謂老人ボケでも加われば完全な認知症であろうが、脳のMRI検査結果・今のところ脳年齢は10年は若いそうであるのが唯一の救いなのである。後期高齢者の範疇に入ったら対人発声の機会減少は必然であり、ボイストレーニングのご厄介にならぬように心がけていただきたいと思っているのである。

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2010年1月13日 (水)

行列国・日本

日本人の若者は何時からどうしてこんなに行列好きになったのだろう。別に行列する事は悪いことではないが不可思議な現象である。今朝のテレビ番組で明治神宮の森(境内)の一隅にある湧き水の井戸に長蛇の行列が出現しているとの報道があり、画面には主として若者の行列が映されていた。行列の先頭の者は何をしているのか定かではないが携帯で井戸水を撮影したり何か紙片のような物を水にくぐらせたりしているのである。

この泉は遠く戦国時代の勇将・加藤清正公の掘削による湧き水と伝えられている為かと思っていると、さにあらず、現代のテレビタレントのブログに投稿された一文が原因らしいのである。当該泉の写真を持つことにより幸運が齎されたらしいのである。その報道を見た若者が早速その僥倖に会わんものと行列が出来たらしいのである。行列が出来たからとて誰にも迷惑の掛らない神宮の森の中のことであり、文句のつけようもないが、宝くじ購入の為の行列・グルメ連中の食堂前の行列etc、日本人はどうしてこんなに行列好きになったのだろうか。

我が家の氏神様である神社に新年の参詣に行くと、2/3年前から参詣者の行列が正門の鳥居をくぐり延々と続いていて、この行列は階段を上らなければならない地形なので、腰痛に悩む私には階段のない脇道の方が便利なのだが、こちらから拝殿前に行くと行列に遮られてお賽銭をあげての参拝は出来ないのである。したがって何時頃からか行列の脇でお賽銭無しの拝礼をして帰るので、神様のご利益も半分しかアラタカでないよう気分なのである(笑)。

行列にならんでまでも目に見えないご利益に縋るのは昨今の不景気風に翻弄されている若者はじめ生活苦にあえぐ日本人の他力本願に他ならないのであろうが、神社参りぐらい行列なしで参拝したいものである。

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季節はずれ

この冬は庭先の草花にも季節はずれの開花が見られて地球温暖化の所為か、などと自然界の移ろいの歯車が狂ってきているなどと眉をひそめたりしていた。ボケでも椿でも例年より早く蕾が膨らんで正月を待たずに開花したのである。草花にとどまらず自然界の気温の変化などにも例年に比し早いだけでなくスケールの大小などにもあきらかに相違してきているのが肌身に感ずるのである。

昨日の新聞紙上に嘗て訪れたことのある横須賀市の「くりはま花の国」で一足早く約3000本のチューリップが咲き誇り見ごろを迎えているとの写真報道が載っていた。少し早すぎるなと思って読みすすめると、自然界の気象状況による開花と違い人工的に手をくわえた結果と知り此処まで来たかの感に耐えないのだった。今朝のテレビでも同様にチューリップの早期開花に成功した遊園地のあることが報道されていた。

方法は夏の頃掘り返した球根を先ず冷凍保存しておき今時分に屋外に出すと、極端に寒い場所から屋外に出たことでチューリップは春が訪れたと勘違いして花を咲かせるのだそうである。
まだ寒い季節に狂い咲きした美しい花園を見て来場者は喜ぶであろうが、其処までして客寄せする人間の浅はかさに嘆かわしい思いがするのは私のみであろうか。斯くして自然界の法則は乱されてゆくのであろう

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2010年1月 9日 (土)

チップ&メイの新春

新年を迎えて我が家の愛犬メイは満8歳にチップは満4歳になるのである。後輩として家族の一員となったチップも姉さん株のメイの優しい気性に助けられてノビノビと育っている。
2人(?)は正確に言えば登録上は2所帯家族の娘一家の家族であるが、昼間は皆お勤めがあり留守がちなので1階の我が家に入り浸りなのである。リビングに設置された大型ソファー(横幅2.15㍍)の両端に各々自分の指定席を決めていて向かって右端にメイ・左端にチップがうずくまっているのである。チップの方が自由気ままに振舞っていてメイの指定席右端に陣取っても、優しいメイは咎めることもなく許容しているのである。

メイは自由に1・2階の間を行き来しているがチップは如何したわけか2階からは下りられても上るのは不得手なのである。したがってチップは夜2階からお迎えが来るまでは私共のソファー住まいなのである。土・日曜は2階の家族がそろっているので滅多に下りてこないのは、いじらしいことである。

メイの体躯は大型犬並みであるが食事に好き嫌いがないので手が掛らないが、チップはトイプードルと呼称されるとおり玩具のような小さな身体なのにたべものに好き嫌いが多くて閉口させられている。北海道うまれの所為か乳製品が好物でチーズ・バターの香がすれば目がないのである。

2人とも2階の家族が居なければ散歩に遠出できないのでどうしても運動不足ぎみになり可哀想である。正月は好天続きで連休でもあり毎日散歩に遠出して貰えたので楽しいらしく元気に過ごせたことは最上のプレゼントになったのである。

メイとチップのツーショットの写真をUPし様と試みたが不調となり残念ながら中止した。

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2010年1月 6日 (水)

迎春長寿祝い

毎年正月4日には現役時代勤務していた会社から長寿迎春祝いとしての贈答品が届けられるのが年初の恒例になっている。会社の後援を得て設立されているOB会が数え年80歳になると特別会員として会費の納入も免除されたうえ長寿祝いが贈られてくるのである。誠に有難いことである。

昨年9月末のOB会員数は1706名で、最高齢者は100歳になられるようである。本年は昭和6年生まれの51名が数え年80歳になり特別会員として長寿迎春祝いを贈られたらしいのである。特別会員総数は340名になるようである。

春4月になるとマタマタ同業者を合併して業界トップクラスの大会社になるようであるが、主軸会社として斯様な”社員は家族”としての対応は続けて欲しいものである。会社卒業後30年を経過する現在、いまだに企業年金初め格段の恩恵にあずかっている身にとっては足を向けては寝られないような気持ちである。吾々の現役時代には社員は会社に生涯忠誠を尽くすぐらいの気概を持って勤務したし、会社も社員は家族として一体感を持って対処してくれたものである。良き時代の流れは何時までも維持してもらいたい思いである。

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正月3ヶ日

新年もはや4日が過ぎようとしている。今年の正月ほど連日好天続で過ごせた年は少ないのではないだろうか。裏日本地区では降雪に悩まされて正月を過ごした方々も居られるので、余りノンビリムードをひけらかすのも憚られることである。
斯様な好天続きでも腰痛にて外出もままならない身にとっては元日に氏神の参詣に車で連れていってもらった以外は2日3日の両日ともテレビで箱根駅伝の実況放送を視聴して過ごしたのである。

参加20大学のうち駒沢大・日体大・農業大の3大学はそれぞれわが世田谷区内に所在する大学なので何処を応援するわけでもないが、思わず力が入ってしまうのだった。特に駒澤大学は嘗って4連覇優勝を成し遂げた実績を持っており、とりわけ期待も大きく力が入ってしまうのだった。今年もまた東洋大に優勝は譲る羽目になったがそれでも復路1位・総合2位の実績を残せたことは来年度の覆権を予測できる成績だった。

斯くして松のうちも足早に終るのであろうが、今日新年初めての循環器系統の検査のため病院を訪れてきたが、さすがに大病院だけの矜持の跡の見える立派な大門松が設置されていたが、往復のタクシーの窓から見える街並みには殆んど門松カザリは見えず、エコ住まいの徹底が感じられて伝統の失われてゆく一抹の寂しさと裏腹に市井人の逞しい地球温暖化排除志向が、これまでになく徹底してきている様子がうかがえる正月風景だった。

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2010年1月 2日 (土)

大迷惑

正月匆々迷惑な話題など控えておこうかと思ったが、ご近所の方々は大変な迷惑と思うので書き込むことにした。
至近距離の住宅街に今をときめく民主党幹事長小沢一郎氏の私宅がある。以前野党時代にも通用門脇にポリスの警護詰め所があって一年中警護に当たっていたので、野党党首の私邸にまで警護の置かれるシステムに疑問をもっていた。当時から正月になると関係先やマスコミの黒塗りの車が絶えず6/7台ぐらいは駐車して新年挨拶にかけつけていたのである。

今年は主要与党幹事長でもあり、より賑やかに為るであろうと考えていたが、マスコミ報道で新人議員連中と既存の旧議員連中と2班に分けて集合するとの報道があったので混雑もかなりのものになることと思っていた。今日はそんなことも忘れて午前中に娘夫妻の車に送られて、例年通り氏神様である神社に新年参詣をして、帰路にあたる小沢邸通用門の有る通りに向かったところ驚くほどの警察官の集団と新人議員連中などの群れに行く手を阻まれたが、道路は移動用の障害物に遮られて通行を阻止され要らざる遠回りを余儀なくされたのである。

過日も同じ場所で、小沢氏の天皇陛下に対する率直な発言に対し異論の有る某集団のデモに遭遇し遠回りをさせられたことがあり、現在も問題の4億円の帰趨を廻り連日のようにヘリコプターの爆音などの騒音に遭遇しているのである。時にはマスコミの写真班連中の方列にも遭遇する事もあり、著名人の居宅近所の住人はさぞや迷惑なことであろうと思われる。通行を阻害されるぐらいなら我慢も出来るが、度重なる近辺の住人たちはさぞかし我慢の限界を超すほどの迷惑にいらいらしていることであろう

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