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2009年12月

2009年12月29日 (火)

歳の瀬に

愈々今年も残り少なとなり、今日をふくめて3日間となってしまった。このところ年々歳々わたしの体調は調子悪くなるばかりで、医者にかかりながら回復どころか徐々に悪化してゆくばかりなのである。腰痛が元凶であり手術のこともDrに相談したが、特殊な病状であり100%完治のことは保障できないそうなのである。腰痛さえ完治すればも少しはプラス思考になれると思う毎日である。斯様な状態なので好きな旅行も控えざるを得ず今年は3月の伊豆山と5月に箱根プリンスHに旅を楽しんだだけで、それ以降は旅仲間との旅行も妻を含め女性3人の旅を見送るばかりだったのである。

右手の震えはDrの根気よい治療により一頃よりは震えも治まってきているがこれも完治とまでは行かず、何かことをしようと気構えると震えがきつくなるので、まともな字は書けず年賀状なども一言書き添えることも不可能な状態なのである。PC印字のみの心のこもらないような賀状で失礼しているのである。

くわえて加齢現象は一手に抱えこんだ如く諸々の症状に悩まされているが、高齢者の誰もが悩まされる高血圧も安心できない症状で何種類ものクスリの助けを受けていて、毎日起床時と就寝前との血圧計計測は欠かせないのである。

斯様にクスリとみちずれの一年間であったが何とかこのまま歳の瀬をすごせそうなので、かかわりのあった諸兄に感謝するばかりである。兎に角新年をむかえれば数え年で87歳となり次は88歳の米寿を目途に、カラ元気ながらも迷惑をかけずにプラス思考で行きたいものと考えているのである。

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2009年12月25日 (金)

エコポイント

9月中旬にリビングのテレビの音響が不調となり、叩くとまた音が出る状態が続いたので思い切って液晶テレビに買い換えることにした。異常はなかったが自室のテレビもついでに新調する事にした。修繕すればマダマダ使用可能だったし自室で使用中のほうは購入後5年余りだったので勿体ない気もしたが、いま購入すればエコポイントの恩典も有るので新替えに踏みきったのである。結局エコポイントによる利用ポイント数は¥25,000.になり何か得をした感じだった。交換申請期限は来年3月末だったので気のゆるみもあり手続きを忘れて放置していた。

11月中旬になって申請手続きを忘れていることに気づき、急遽申請書類を発送した。その後1ヶ月余り経つのになんの音沙汰も無いので事務局に電話照会をしてみて驚いた。申請書類入手後2~3ヶ月経つと事務局から連絡があるのだそうである。記載内容も分かり難かったので、万一記載内用に不備があった場合のことも尋ねると、その場合は書類を返送するとのことなのでそれから又何ヶ月か掛るらしいのである。こんなに申請後時間のかかる段取りなど申請用紙にはなにも記載されていないのである。

エコポイントは政府の発想で始まったことなので結局お役所仕事なのである。ポイント数に見合う所定の金品はお役所から支給されるもので有ることを忘れていたが、典型的お役所仕事なのである。これからエコポイントを当て込んで購入される方はお役所仕事であることを留意して気長に連絡を待つようになることをお忘れなきように!。

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2009年12月23日 (水)

『あの町この町』

会友Oさんの今日の日記に野口雨情作詞・中山晋平作曲のこの童謡がUPされていた。私にとっては最も鮮明に思いだされる童謡なのである。メロディーは勿論歌詞も1・2番までは間違いなく脳裏に焼きついているのである。私には3つちがいの「聡子」と言う妹がいたので有るが、3歳の時子供達の間に蔓延していた疫痢と言う病魔に襲われ亡くなってしまったのである。当時は現在とちがいよほどのことが無い限り病院に入院する事はなかったようで自宅の寝床の上で亡くなることが普通だったようであり、妹も自分の寝床で息を引取ったのである。

可愛がっていた歳の近い妹だったので子供心にも悲しくてショツクも大きかったらしく、暮れ泥む夕焼け空に向かい『あの町この町』を唄っていた記憶が甦るのである。以前北茨城に有る野口雨情の記念館を訪れたときも、信州小布施の町にある中山晋平記念館を訪ねた時もともにこの歌を思い出して懐かしんだものだった。可笑しなことに妹が亡くなった時に寝かされていた布団の柄模様までが鮮明に思い出されるのは如何したことであろう。今はなき母の生前この布団の絵柄模様に間違いのないことを確認して驚かれたことがあった。『あの町この町』は唯一私にとって生涯忘れることのない童謡なのである。

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2009年12月22日 (火)

新聞について

拙宅では何十年来新聞はY紙を購読してきている。その間一度だけ勧誘員に騙されてM紙を半年間読まされたことがある。何十年も購読し続けていると、目が慣れてきている所為か何となく読み難いことを発見したものである。そんな経緯もあって現在もY紙を購読しているのである。新聞業界には所謂独禁法は適用されないのか?聞くところによると購読料・紙面の枚数・休刊日など全て同一歩調を続けている様である。何時の頃からか30面の朝刊の中の7/8面、夕刊18面のうちの5/6面の各1枚だけは半切の用紙が挟み込まれて来るようになったのである。

1枚の半切紙は中央の両面開きの間に挟みこむのが普通一般のようであるが、何故中途半端な紙面のあいだに挟むのであろうか。この半切紙は増量したのか半分減量したのか、又Y紙以外の新聞はどのように扱われているのか、別に問題視するほどのことではないが全てが同一歩調の新聞紙面の枚数がどのように扱われているのか知りたくてUPしてみたのである。
くだらない案件に興味をもたれた方が居られたら宜しくお願いいたします。

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2009年12月20日 (日)

続々・老いると言うこと

愈々今年も残り少なくなってきた。この一年の経過のなんと早かったことか!。今朝のテレビ報道で今年亡くなった有名人の追悼番組があった。我々の活躍した壮年時代に日常の話題に顔を出していた有名人・森繁久弥氏をはじめとする時代の人気者が続々と幽冥境を異にするあの世の人となり、現世は淋しいものとなってしまい、吾々の過ごした一時代は終焉を告げた如き感がするのである。これ等の有名人にまつわるキャリアーは大体思い返すことは出来るのである。

それに引き換え現在のテレビ放送に連日顔を出すタレントたちは、最早老いらくの後期に入った私などには見る気も起こさせないし、顔と名前が結びつき難いのである。若者にはうけること間違いない番組でも老いらくの身には興味をそそられないのである。斯くして老いるという事は取り残されることに直接結びついてしまうのではないだろうか。

先ごろめがね店に勧められて遠近両用の眼鏡を遠近別々の2つの眼鏡に作り変えたが、それ以来3ヶ月ぐらい経つのに眼鏡の置き忘れ・しまい忘れに悩まされて悲喜こもごもの日常をくりかえしている。先ごろは左手に眼鏡を持ちながら探しまわったり、眼鏡を掛けていながら探していたり笑ってすまされない所作の繰り返しで、何となくボケの始まりが懸念されるのである。PC用の眼鏡を掛けていながら素のまま遠方様の目がねを掛けようとする所作などはマサシクボケの始まりであろう。認知症状まではゆかなくても老いの深まるのを知りながら為す術もなく日々を重ねてゆくのであろう。

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2009年12月18日 (金)

国民の目線

今朝のテレビ番組でこれまでにも何度か取り上げられ、私も度々日記にUPしてきた議員宿舎問題につき、その後の経過が報道されていた。東京近辺にお住いの方々には釈迦に説法と思うが赤坂・青山・九段・高輪の4カ所はいずれも広い東京のなかでも超一等地として地価も箆棒に高価な場所であり、問題の議員宿舎は何れもこの4カ所に設置されていて、現在は新築の赤坂宿舎以外は建て替える予定で無人の状態とのことだった。

赤坂宿舎は余りにもデラックスで家賃も箆棒に低価格に設定されていたことが問題視され、国民の批判を恐れた議員たちに入居を敬遠されていたが、現在は空き室9戸だけになったそうである。ところが今夏の衆議院選挙で民主党が大勝して195人もの新人議員が生じたため宿舎不足となり、とりあえず解体予定だった青山宿舎を1.5億円も懸けて修復するらしいのである。

これ等4か所の地価は簿価で計算しても348億円、一般世間並みの評価に直せば1000億円を下らない相場になるのだそうである。膨大な借財に悩まされながら次々に赤字国債を発行しては借財を上乗せし続ける政府の面々は、どうしてこれ等の借財解消の為手持ちの国有財産の売却処分を考えないのであろうか。瀬戸内海辺りの無人島ひとつぐらい処分してみても九牛の一毛にしかすぎず、我々一般国民の目線で言えば多額の借財を抱えた場合、先ず最初に考えるのは手持ちのめぼしい財産を処分する所から始めるのが通例の筈である。ついで貸家の家賃を世間並みにひきあげて借財の返済を考えるのではないだろうか。

国会議員も年間議員手当てを2,400万円くらい収受しているのだから一般国民並みに自分で住む場所を探して然るべきではないだろうか。”みんなの党”の党首渡辺議員が同様の考えらしいのでカゲナガラ応援してゆきたいと考えているのである。

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2009年12月16日 (水)

門松の似合う門構え

今年も残すところあと半月たらずになってしまった。目には見えなくても師走の風が吹く様になると迎春の準備に気ぜわしい此の頃である。拙宅では3/4年前から門松の設えは取りやめて替わりに小さなミニ門松の飾り物を置く様にしている。松材の伐採を僅かでも省略してエコに協力している積りなのである(笑)。

3本の見事な竹材を松でかこみ梅の蕾などをあしらって基部を藁や縄で注連飾りした本格的な門松を毎年設置するお宅が至近距離にあった。門松の高さは2㍍余りも有る見事さだった。600坪くらいの敷地に鬱蒼とした樹木に覆われて建屋など外部からは見えないような屋敷で、門構えも瓦を乗せた歌舞伎門で普段は門扉など滅多に開いたことも無い邸宅だった。

2/3年前から門松のサイズが普通の大きさに替り小さくなったのでお屋敷でも節約するようになったナなどと噂していたが、今年は世田谷区の公示によりお屋敷が小公園に作りかえられる旨の公示板が立ち、樹木の移植や伐採が始まり外周の整備なども済み11月始めにはベンチも設置されて小公園の体裁が整つてきた。あの立派な歌舞伎門も手直し補強の上で昔日の面影を残したまま存続されることになったようである。平成22年の正月には多分門松は設置されることは無いであろう。

結局あの広大なお屋敷は建屋部分を残し、庭の部分は税金の物納にされたのであろう。過日訪れてみたが中途半端な公園で税金を使ってまで公園にする程のことはなかったのではないだろうか。昔日の立派な門松の装いも見られなくなってしまったことは残念で有るが、これも人の世の浮き沈みを見るようで切ない思いが過ぎったのである。門松の似合う立派な門構えは残ったが相応しい立派な門松はどうなるだろうか

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2009年12月12日 (土)

串団子

今朝の朝刊紙面に気になる記事が載っていた。「竹串から有害物質」と言う見出しが目に付いた。内容はフランクフルトや団子を刺すのに使われる竹串から有害物質"2-クロロエタノール”が検出されたので、関係の有る食品メーカーが先月末以降商品の自主回収を初めていたことが分かったということだった。この物質は殺菌剤などに使われ毒性も強いが厚労省の見解では検出されたのは何れも微量で、生命や健康にただちに影響が出ることは無いとのことだった。

此の種の商品は一般消費者が加熱などの手間を掛けずに口にするもので有るだけに、有毒性が検出された時点で厚労省は直ちに消費者に向けて知らしめる責任が有るはずであるのに、先月末から2週間近くも報道せずにいたことは如何したことであろう。

同省によると、竹串は国内業者が中国から輸入した竹材を加工・販売したもので殺菌行程で同物質が生成されたものと見られるのだそうである。この報道内容では日本国内での加工時か中国の輸出前なのか不明である。報道が遅い理由も殺菌行程が何処で行われたのかも不鮮明である。

先ごろ起こった毒入り餃子の責任が何処に有るのかも未だに不鮮明の侭で年越しとなることをはじめ、とかく中国にカラム商品は廉かろう悪かろうの事案が多く、報道も尻きれとんぼに終る事件ばかりで商品に信頼を置くこともならず、拙宅では口に入る物は極力中国製の商品は購入しないように気をつけているのである。本件もたかが団子の串と甘く見ているのかも知れないが、責任の所在は明確にする必要が有ると思うが如何?。

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山のいも !

毎年今ごろの季節になると、2所帯住宅住まいの娘宅に信州松代の名産・やまいもが送られてくる。贈り主は転勤族の娘一家が長野に居住していた時期に子供同士がおなじ幼稚園に通っていて親しくしていたドクターご一家からの定期便なのである。長さ80㌢ぐらいの太くて長い芋が5本ぐらいおが屑に隠されて届くのである。勿論食べきれないのでご近所にお裾分けしたりで拙宅にも回ってくるのである。セッセと食卓をにぎわしても一年間では食べきれないのである。

今年の新芋を送った旨の連絡があったので物置に蔵置してあった昨年のハコのおが屑を探ってみて驚いたのである。食べ残しの3/40㌢位の芋は黒く干からびていたが、その芋から芽を出した小芋が人間の手のひら状に育って立派に食べられるようになっていたのである。山芋は精がつくと俗に言われているが陽も当たらない箱の中のおが屑にうずまってあれだけの大きさに育つのをみて実感したものである。

闇の中であれだけ育つには親芋の精分を吸いつくして育ったのであろうから多分元気の元が満ち溢れているであろう。トロロ汁にして味わって見る積りである。

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2009年12月 3日 (木)

桁ちがい!

先の衆院選挙に際して我々が選んだ鳩山首相の資金管理団体「友愛政経懇話会」の偽装献金問題に絡み、実母から更に目の回るような11億円もの多額の資金提供があったことにつき喧々諤々の騒ぎが報道されている。もともと元総理だった鳩山一郎氏直系の一族だけにかなりの資産家であろうとは予測していたが、14億円の預金のほかに不動産・株券等の桁違いの資産家であることに驚いた。

我々庶民の常識では精々100万円くらいの金額ならば親子の間で無担保貸付とか贈与とかの金のやり取りはあり得るだろうが、億単位の金額が無造作に振り込まれて借用証のやり取りも無いなど常識外の行為ではないだろうか。何れ我々にとっては桁ちがいの金額が貸付金だったのかそれとも贈与だったのかについては官憲の裁定をまつことになるのであろう。

桁違いの預金が14億と知って驚くと同時に、一昨年マスコミに報道された大磯町居住の横溝千鶴子氏の美挙を思いだした。同氏は当時88歳の米寿祝いに際しめぐまれない子供達の教育の為に使って欲しいとして財産の中から10億円をご自身の生まれ故郷である南足柄市に寄贈されたのである。
また同氏は80歳の時にも居住する大磯町に老人ホーム建設用に5億円の寄贈をしているのである。当時テレビでも話題となり横溝邸を訪問する番組があったが、同氏の生活信条は「情けは人のためならず」と「塵も積もれば山となる」だそうで日常の暮らし向きは質素そのものであったことに感動したのである。
人それぞれの生き方が有るので鳩山総理を比較して云々する積りは無いが、これだけ桁違いの資産を持つのであれば一部の資産を基金として恵まれない学生を援助する為の「鳩山奨学金」などを創設したらどうだろうか。余計なおせっかいもしてみたくなるのである。

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